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2009.10.25
[インタビュー]
natural TIFF部門『牛は語らない/ボーダー』:ハルチュン・ハチャトゥリアン監督インタビュー
『牛は語らない/ボーダー』
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ハルチュン・ハチャトゥリアン監督


―台詞を排した意図は?

強い映画には言葉は必要ありません。映像の力が弱い作品には、言葉や役者の演技などさまざまな効果が必要になってきます。本来、映画は映像で伝え、感じるもの。それが映画のことばであり、世界中どこでも通じるものだと思っています。これまで6本の映画を作ってきましたが、すべて台詞なしです。本作にも少し会話は出てきますが、まったく重要ではありません。若い頃は権限がなく、強制的に台詞を入れさせられましたが、実力がついて今は好きなように映画を撮ることができるようになりました。


―台本はあるのですか? 出演者への演出指示はどのように?

詳しくシーンを説明した台本を用意します。ですが、その通りに撮影するとは限りません。出演者はプロの俳優ではなく、実際にその地で生きている人々です。家族構成もそのままです。映画の中で結婚する夫婦は、実生活でも夫婦ですし、もし葬儀のシーンが出てくれば、それは実際に村で誰かが亡くなって葬儀をしているのです。そういう意味では、映画を撮るというより、人生を撮っているほうが近いかもしれません。
撮影クルーはその村に何ヶ月も住み込んで、村人と寝食を共にします。クルーの人数と機材は最小限にとどめ、村の生活を極力邪魔しないようにして。日が経つにつれ、村人たちは信頼してくれるようになり、撮影されている雰囲気がなくなって自然な風景が撮れるのです。ただ私の作品はドキュメンタリーではないので、車渋滞や火事などの出来事はフィクションです。そういう事件の時の村人の反応を撮るんです。


―そのままの姿を撮ることが、強い映画になる秘訣ですか?

私の視点で、面白いと思ったものを撮るだけです。他の人が見ると何の変哲もない光景かもしれませんが。それに私の映画には強いヒーローは一切出てきません。主人公はいつも農民や難民たちです。アルメニアの地位の高いお偉方には、「ハチャトゥリアンの映画はアルメニアの恥部を描いていてけしからん」と評判が悪いんです。殺し屋や強盗なども出てきますからね。そうやって上映直後は批判するんですが、5~6年経つと、どういうわけか評判が良くなるんです。 本作もアルメニアでの興行は芳しくなかったんです。ところが6つもの外国の映画祭に招待され、イタリアとトルコでは最高賞を取りました。
私の映画は時代を映し出します。撮影から10年、15年、20年経っても、その時代を知る人にとってはすぐに当時の光景が生き生きと蘇ってくるのです。「あの時代は確かにこうだった」と。娯楽映画の撮り方では、すぐに古びてしまいます。チャップリンは別格ですが。


―作品の中には場所や時代を具体的に示すものが出てきません。物語に普遍性をもたせるためですか?

そうです。本作のテーマは普遍的だと思います。撮影しているのはアルメニアの現状ですが、全世界が抱える問題でもあります。世界から国境は少なくなりつつありますが、その一方で別の不幸な状況が生まれているのも事実です。例えば、ソ連が崩壊し、さまざまな民族国家が紛争を起こしています。アルメニアとアゼルバイジャンの領土紛争しかり、グルジア紛争しかり。
最近、象徴的な出来事が最近ありました。150万人ものアルメニア人が殺戮された事件を発端として、トルコとアルメニアの国境は1915年以来90年以上も封鎖されていました。この『牛は語らない/ボーダー』がトルコのアンタリア映画祭で上映され、最優秀作品賞を受賞したその日に、トルコとアルメニアの国交が正常化され、国境が開いたんです。もしかすると、優れた映画は外務省よりも外交力があるのかもしれませんね(笑)。


―作品の中で、人間自身が作り出した国境に縛られる一方で、人生や喜怒哀楽、季節の変化などは脈々と続き、国境の無意味さが浮き彫りになる。人間にとって、境界線(ボーダー)とは何なのでしょうか?

とても矛盾した存在なのだと思います。私はいつも四季の移り変わりを撮ります。そこには必ず生と死があるからです。音も上空からは軍用ヘリコプターの音がする一方、大地では乳しぼりの音を入れる。自然にそこにあるものは常に美しいからです。本作で描いているのも、単なる国境線ではなく、人間が自分の心に作りだしてしまう境界でもあるのです。雪の中逃げ出し、雄叫びをあげる牛は、そんな人間の心の反映です。人間が弱くてできないことを、代わりに牛がやっているのです。


―次回作の予定は?

もうすでに取り掛かっています。アルメニアを捨てたアルメニア人の話です。1980年にアルメニア大地震があり、混沌状態となり、その後ペレストロイカ、ソ連崩壊、と激動の時代が始まります。そのときに、多くのアルメニアの作家や芸術家たちが国外へ脱出します。彼らのインタビューを20年前に撮影し作品にしたのですが、もう一度同じ人たちの現在を撮ってみようと思っています。アルメニアに帰国した人、遺言で遺骨をアルメニアへ運んでほしいと残し亡くなった人、まだ外国にいる人、彼らの故郷への思いを聞いてみたいのです。グローバリゼーションのこの時代に、故郷とは何か、を問う作品です。私は自分自身を映画監督というより、研究者に近いのでは、と思っています。自分が疑問に思い、考えたことを映画にし、観客の皆さんに見て考えてもらいたいのです。ですから、決して娯楽映画は撮りませんよ。

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聞き手 川喜多綾子

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